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Ayabex

間違い電話

日暮れどき、携帯電話が鳴った。
電話帳には登録されていない番号からのもの。

たまたま別件で連絡を待っているときだったので
その人が持っている違う携帯の番号かも知れないと、アッサリ通話ボタンを押してしまった。

「綾部さんの お宅 ですか?」
早口で押してくるような声の主は女性で、年齢は中年か、それ以上。
用件は私用だろう。

通常、セールスだとかキャンペーンの案内だとかいう商用コールは
「綾部さんのお電話でよろしかったでしょうか~」というゆっくりとした口調からはじまり
「いや、いいです」「けっこうです」「今忙しいです」と返事を挟むタイミングを
うずうずしながら待つ羽目になるからだ。

このおばさんは、携帯を鳴らしておきながら「お宅」と言っちゃうあたりが不自然だったし
口調からは不機嫌さがあふれ出ていて、それを隠すつもりもなさそうだった。
高圧的で不機嫌な人からの電話は嫌だ。仮に自分が悪くても。
綾部じゃないですと言いたくなったけれど、己を偽ることはできなかった。

綾部綾の電話番号を鳴らして、相手が綾部綾だと確認したら、
次は、綾部綾に対する用件だ。
電話というものは、だいたいそういうルールで成り立っている。

おばさんの剣幕に、その用件はクレームの類だろうと想像した。
こんなに精一杯生きているわたしが、何をしたというのだ。きっと、何かしたのだろう。
知っている人からの否定も怖いが、知らない人からの否定はもっと怖い。
心がすごく痛むだろうな。かわいそうなわたし。お願い、優しくして。年の功だけ優しくして。
ちょっとビビリながら待っていると、おばさんは
「綾部さんなんですか? 川部さんじゃないんですか?」
と、いちど確認したはずのわたしを存在から否定してきた。
おばさんのあまりの勢いに、もしかしたらわたしはどこかで川部と名乗って
誰かを困らせたり迷惑をかけたり怒らせたりしたことがあったのではないかと
最近の行いをちょっと反省してみる。
けれど、誰かを困らせたり迷惑をかけたり怒らせたりしたのは、正真正銘、綾部本人なのだった。

綾部が実は川部ではないのかという仮設を丁寧に否定すると、
「川部さんじゃないんですね!」おばさんはまた怒鳴り
「間違いました!」とまたまた怒鳴って、電話はそのまま切れた。
スマホの画面が省電力モードでオフになるまで、そのまま黙って画面をみていた。

「綾部さんのお宅ですか」と切り出しておいて、
わたしが綾部だと知ったら「間違った」ってどういうことだ。

この番号の持ち主が綾部だということを確認したいだけの電話なのではないか。
なんのために? こわいよ。

怖さで震えている間に日は沈んで、室内は影色になっていた。
明かりをつけてカーテンを閉めようとすると、窓の向こうにナゴヤドームのシルエットが見える。

そこで、定期的にプロ野球観戦の会を企画しているお店のマスターが
「妻が、携帯を盗み見てモメている」という話をしていたのを思い出した。
今朝、ちょうどそのマスターから、本日の巨人戦に欠員があるから来ないかという電話があったばかり。

ここか!

マスターの奥さんは夫の発信履歴を見て、綾部という相手がどんな人なのかと
気が気ではなくなり、間違い電話を装って確かめようとしたのだろう。
それなら「うちの夫に何の用か」とか(用があったのはわたしではなくてあんたのダンナだが)
「夫とどういう関係なのか」とか、突っ込んで聞けばいいものを
名前と性別以外は何も明らかになっていないし、間違い電話を装いきれてもいない。
装いきれていないあたりで、突発的で無計画な行動だったんだろうとわかる。

夫の携帯を盗み見て、発信相手に対して中途半端に特攻する妻。
そんな奥さんを持つマスター。
この不気味な電話で心細い思いをしたわたし。
みんな不完全燃焼だ。

ドラゴンズも負けた。

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