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Ayabex

あの世から小さなため息

*****

スマホを修理に出したんよ。

通話中のわたしの音声が、相手に聞こえなくなる現象が発生しちゃってさ。
嘘も罵声も愛のささやきも、みんな伝わらなくなってしまった。
ことばが届かなければ、人は死んだも同然だ。

まだ死にたくないので、スマホを修理に出した。

こいつの調子が悪くなったのは二度目。
最初は、どうやらSDカードの画像データが破損したらしくてね。
画像フォルダにアクセスするとフリーズするようになっちゃった。

原因に、ちょっとだけ思い当たることがあったんだよね。

――――――

去年の秋に、友達の結婚式があったから、久しぶりに帰省したんよ。
そのとき、親戚に頼んでお墓参りに行かせてもらった。
16歳から23歳まで一緒に暮らしたおばあちゃんが、その前の年末に亡くなってたんだ。
お葬式に出られなかったから、お墓参りだけでも行きたかったんだよね。

おばあちゃんの実家は、長崎の北西にある海岸沿い。
身内でもいなければ、そこに行く用事をつくるのは難しいってくらい辺鄙な場所にある。
その一帯は「隠れキリシタン集落」で、おばあちゃんもカトリックだった。

お墓参りをしたのは、生まれてから二度目だった。
初めて行ったのは、中学校のときだったかな。
そのときは「墓地なのに、お墓があまりない」と思った記憶がある。

お墓参りに行ったのがその一回だけだったのは、母親がそこに行きたがらなかったから。
両親は後に離婚したので、その時から何か確執でもあったのだろう、と思っていたんだけど
原因は、それだけではなかったのかもしれない。

車一台がぎりぎり通れるくらいのぐにゃぐにゃした道路を抜けると、岬の先に出た。
コンクリートを土の上に流しただけの雑な駐車場に車を止めて
お花を抱えて草と岩だらけの林を歩くと、フナムシがざあっと草陰に散っていった。
フナムシなんか最後に見たのは十年以上前だったから、
「あー、地元を離れてからずいぶん経ったんだな」と思った。

崖の上の墓地は、お寺や施設が管理しているものとは違って
でこぼこの荒地を人力で無理やり切り開いたようなところだったの。
物珍しさで道端の草むらを覗き込むと、葉っぱの間から遥か真下に、砕けた波が見えてね。
本物の「がけっぷち」だった。

あのね。
草だと思って踏んだら、そのまま崖の下の海に落ちてしまうような場所が、この安全な日本にあるんだよ。

墓地には、記憶とは違って、墓石がたくさんあった。
でも、そのほとんどが、ぴかぴかしていて真新しいものばかり。
墓石に彫られている名前には、みんな洗礼名がついていた。
「マリア某」とか「ジョバンニ某」とかね。

おばあちゃんの実家のお墓も、割と新しいものだった。
お参りを済ませたあとに、親戚にお願いして、中をあけて見せてもらった。
おばあちゃんの骨壷がどれか、すぐにわかった。

おばあちゃんは、バラとか天使がついた、ロココとかゴシックっぽい可愛いものが大好きでさ。
真っ白で、正面にお花の柄がついた、花瓶みたいな可愛い骨壷で
一緒に住んでいたころの洗面所に置いてあった、陶器の小物入れの柄によく似ていた。

あー、これならおばあちゃんも喜ぶわ、と嬉しくなった。
亡くなったことの実感はまだわかなかったけれど
事実をちゃんと受け止めることはできたかな。

目的を果たすと、周りの様子が気になった。
大人になってからお墓参りをしたことがないので、物珍しくて。

墓地には、墓石が建っていない空き地みたいなところもたくさんあって
ワンカップみたいなコップとか、欠けた茶碗が転がってた。
草むらのあたりにも、湯のみ茶碗が無造作に捨ててある。
ゴミにしては、器ばかりで、すごく不自然。

コップとか茶碗の前には、平らな石が何枚か積み重ねてある。
小ぶりの座布団ぐらいの大きさのものから、おせんべいみたいに小さくて丸いものまで。
そのコップの中のひとつに、造花が挿してあるのを見て気がついた。

――これも、お墓なんだ。

崖の下からずっと波の音がしていた。

遠藤周作の「沈黙」に、こんなシーンがある。
改宗を拒むキリシタン信徒の一家を、役人が一人ずつ簀巻きにして船から海に投げ込んで
棒でつついて溺死させるという処刑のさまを、崖の上から宣教師が見ているところ。
この海は、迫害されたキリシタンの信徒をたくさん飲み込んだんだ。

ここは、貧しいから墓石が建てられないとか、そういうことではなくて
お墓だとわかるようなお墓を作ってはいけない理由があった土地の人たちが
死者をこっそりと弔うための秘密の墓地だったのだ。

母親がここに来たがらなかったのは、この場所が
「この集落の血を引いていない自分が訪れてはいけないところ」
だと感じ取ってしまったからなのかもしれない。

迫害は明治になって終わって、お墓を隠す必要はなくなって
いわゆる、普通のお墓が建てられるようになった。
でも、継ぐもののいなくなった、平らな石を積んだだけのお墓はまだそのままになっていて
近所の人とか、お参りに来た人がお水だけお供えしているのかもしれんね。

これは珍しいものを見た、と数枚写真を撮った。

わたしは、撮ってはいけない場所で、撮ってはいけないものを撮ってしまったのだろう。
名古屋に戻ってからすぐ、スマホの調子がおかしくなった。
画像フォルダの破損が原因だとわかって、なんとかデータを救出したが
がけっぷちの墓地の画像は一枚もなかった。
SDカードは使えなくなった。

――――――

修理に出したスマホが戻ってきたという連絡があって、自転車を走らせて受けとりに行った。
祝日のドコモショップはいっぱいで、なんと2時間待ち。
忙しくて余裕がないのか、笑顔が半分はがれかかっているお姉さんに手続きをお願いして
待合室に置いてあったアラサー女性向けの雑誌をめくる。

ありがちなリゾート特集を見ていると、あったかいせいか、すぐに眠くなった。
組んだ足の上で斜めになった雑誌のページがパラパラとめくれていったような気がしたけど
落ちなければいいや、と、そのまま寝入ってしまった。

「……さま、お客様?」
さっきのお姉さんが、ちょっと困ったような顔で片膝をついてわたしを見上げていた。
データを移行するので、端末の操作をしろということらしい。
言われるままにパスワードを入れるが、寝ぼけて操作がうまくいかない。
3回やりなおして、ようやくバックアップが始まった。
時計の数字は、手元の番号札を取ってから1時間ほど経っていたかな。

うーん、と伸びをして膝の上の雑誌を見て、目を疑った。
そこには「秘部のお手入れ特集」という、丁寧に図解まで入ったオールカラーの見開き記事が、
パンパカパーンとご開帳中だったのだ。

違う違う違う! さっきまで見ていたのは、ハワイだかバリだかのリゾート特集だったんだってば!
「秘部のお手入れ」に並々ならぬ関心があって、1時間近くも熟読していたんじゃないってば!
肩口にはヨダレの染みまでできていて、混雑しているのに、わたしの周りの椅子だけ空いていた。

その後案内されたカウンターで愛機を受け取り、逃げるようにして家へ帰った。
ドコモショップにいる間に、一雨降ったらしくて、土の匂いがしていた。

あの、がけっぷちの秘密の墓地で眠るご先祖様は、
この恥ずかしい子孫が平和に生きているのを、どんな顔して見守ってくれているんだろう。

横断歩道を斜めに横切ると、雨に濡れてつるつるになった白線の上で、前輪が派手に横滑り。
自転車はそのまま、道路脇でこんもり満開になっているツツジに、わたしごと突っ込んで止まった。
赤紫の花にくるまれて、棺桶の中ってこんな感じなのかなーって思ったね。

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