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■ トイレットペーパーと豚軟骨が教えてくれた、人生を気持ちよく過ごすコツ

わたしは、アイドルではないので排泄をします。 そして今、トイレでため息をついています。

「また、トイレットペーパーを買ってくるのを忘れた……」

そうなんです。 数時間前、わたしはトイレットペーパーを買いにスーパーへ行き、豚軟骨を買って帰ってきたのです。
「トイレットペーパー以外のものを買って帰らない!」と固く決意して家を出たにもかかわらず、そう決意したことすら、すっかり忘れて豚軟骨を買ってきてしまったのでした。

今年に入って、トイレットペーパーを買うために家を出て、目的を果たさずに帰ってくるのは3回目です。1回目は本屋で散財してコンビニでクッキーを買って帰ってきました。2回目は、ラーメンを食べて帰ってきました。過去にも、古新聞を縛るためのPPロープを買いにいき、もちろんPPロープのことを忘れて、いなり寿司の材料を買って帰ったことがあります。

どうしてこうなってしまうのか。尻が乾くまでの間、ちょっと考えてみたいと思います。
冬場のトイレは寒いです。

おそらくわたしは、「未来の目標Aのために、今はBをする」という複雑な行動がとれないのでしょう。本能と直感だけを手厚く保護して生きてきた結果、立てた計画をその通り実行することができなくなってしまったタイプなのかもしれません。

このタイプって、別に特殊な人種でもなんでもなく、意外とたくさんいます。むしろ、このタイプの人の方が多いのではないでしょうか。
二日酔いになるまで呑んでしまうのも、ダイエットが成功しないのも、年初にたてた目標を忘れてしまうのも。
DVをしてしまうのも、似たような男ばかり好きになってしまうのも。
ね、たくさんいるでしょう? そして、皆さんがそれぞれ残念なことになっています。

つまり、トイレットペーパーを買いにいくつもりで豚軟骨を買ってきてしまったり、PPロープを買いにいくつもりでいなり寿司の材料を買ってきてしまうということは、残念なことですが、さほどレアケースではないのです。安心です。

「未来の目標Aのために、今はBをする」という複雑な行動を今回のケースにあてはめてみます。 未来の目標Aとは「トイレで途方にくれるという困難を回避する」で、Bは「トイレットペーパーを買いに行く」です。

まず、未来の目標Aの、「トイレで途方にくれるという困難を回避する」です。
……自宅にトイレットペーパーがないって、それほどの困難ですかね? 自宅ですよ? 人生が変わり果てるほどの窮地に陥りますかね? 誰にも見られないんですから、もう、何だってできるわけですよ。ティッシュを探して半ケツで自室をはいつくばることは、それほど非人道的な行為でしょうか? 
えっ、「おてんとうさまが見てる」ですって?
その、おてんとうさまとやらは、自宅のトイレをわざわざ覗きにくるわけですか? それは悪趣味ですね! そんな悪趣味なおてんとうさまには、どんな姿を見られても恥ずかしくないです。お互い様です。
なので、目標そのものが大したことないのです。

続いて。
「トイレットペーパーを買う行為B」です。この行為には、残念ながら何の魅力もないのです。嬉しくないのです。興奮しないのです。
オイルショック時の紙騒動くらいの状況が準備されていないと、「よーし! 今からトイレットペーパーを買いにいくぞおおおおお! 何が何でもトイレットペーパーを手に入れてみせるぞおおおおおお!」という、どストレートな欲求が生まれないのです。
わたしはトイレットペーパーマニアではないので、ただトイレットペーパーを買うことだけでは興奮しませんし満足もしません。

それに比べて、豚軟骨からは極彩色の映像があふれでていました。
わたしは、豚軟骨の煮込みが大好きで、豚軟骨を煮込む作業も大好きです。豚軟骨のかたまりに焦げ目がつくまで焼いて、にんにくと生姜と葱と一緒に圧力鍋で煮込みながら、こっくりした甘辛い味にするか、あっさりしたダシ味にするか悩んで、別鍋で炊いた大根を合わせてさらに煮込んで、煮汁にゆで卵を漬けて……という一連の作業を肴にしながら酒が飲めます。一升飲めます。それくらい、豚軟骨が大好きです。豚軟骨のことを考えるだけでウキウキします。興奮します。
トイレットペーパーだけを買うためにスーパーに入った瞬間、「そうだ、ここには豚軟骨があるんだった!」と思い出したわたしは、「わーい! 豚軟骨の煮込みを作りたい!」と、精肉売り場へまっしぐらしてしまったのでした。わたしの生活圏内で豚軟骨のかたまりを常備しているお店は、このスーパー以外にないのです。

大好きなもの、大好きな行為、大好きな男のことを考えると、脳から変な汁がジュワッと沸いてくるじゃないですか。アレです、ドーパミンという汁です。
ドーパミンは、目標を達成したいと感じるときと、その目標が達成されたときに出てくる、気持ちがいい汁です。
何かが欲しい、何かをしたいという獲得欲求が生じたときに発汁し(1回目)、それが達成されたときに発汁する(2回目)。
何かが嫌だ、避けたいという回避欲求が生じたときに発汁し(1回目)、それが達成されたときに発汁する(2回目)。

これはね、もうね、すげー気持ちいいわけです。 豚軟骨のことを思い出した瞬間、わたしの脳からその汁がジャーッと漏れ出してしまいました。 そして、トイレットペーパー以外のものを決して買って帰らないぞ、という決意は、ゆるいちょうちょ結びのように、するりとほどけてしまったのでした。

ひとは、ドーパミンの奴隷です。意志の力でドーパミンに対抗しようとするなど、甚だ無理な話です。愚の骨頂です。トイレで紙がなくて困っちゃうという大したことない困難を回避したい欲求よりも、豚軟骨の煮込みをウキウキしながら作りたい欲求の方が強いわけです。トイレットペーパーの不在によって、自宅でとんでもなく嫌な経験をする以外に、この順位を逆転させることはできません。

欲望というドーパミンの奴隷状態は死ぬまで治りません。奴隷状態を意志の力でなんとかすることなどできません。どれだけハウツー本を読んだところで、改善することなどできません。 底の抜けた桶で水を汲んでいるようなものなのです。
それならば、自分が奴隷だということを受け入れて生きていけばいいのです。大抵の欲望は、それに忠実に従ったところで、非人道的な結果にはなりません。好きなことやって生きていくって、とってもとっても気持ちのいいものですよ。

ドーパミンの奴隷として生きて行くうえで、ひとつ気をつけておいたほうがいいのは、何によってドーパミンが出るのかを自分で決めつけてしまわないことです。わたしは、生まれたときから豚軟骨に興奮していたわけではありません。今後、「共食いしてるみたいで不愉快だ」と豚軟骨に魅力を感じなくなることだってありえます。
何かのきっかけでトイレットペーパーに並々ならぬ関心をもつようになるかもしれません。そうすれば、トイレットペーパー不在の件でちょっぴり困ることもなくなるでしょう。

ああ、ずいぶん時間がたってしまいました。 冬場のトイレって、ほんとうに寒いですね。 わたしはいま、尻を乾かしながら、ゆっくりと風邪をひきかけています。

ひとには、学習能力というものが備わっているそうです。
そうだ、トイレで風邪をひかないようにするためには、トイレ用の小さい石油ファンヒーターがあればいいのではないでしょうか?
なんだかワクワクしてきました。 尻が乾いたら、電気屋さんに行って、トイレ用の小さい石油ファンヒーターを買ってこようと思います。

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